日本の朝がウインナーで始まるようになったのはいつ頃からだろうか。
そんなこと知らないよね。
世の中知らない事だらけで・・・

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いやはやこれはすごかった。
21世紀美術館でやっている『ロシア絵画の神髄』展。
そんなのたいしたことないや、などとうそぶいて放っておいたら
プリシラさんがチケットをくれた。
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「タダなら行く行く!」と、あまりというかまったく期待せずに行ったのだが驚いた。

まずもう何を言う間もなく一瞬にして目も心も奪われる美しさ。
まさに息を呑む圧倒的なリアリズム。
人物、風景、物、空間、温度・・・全てがそこにあるように感じられる目の錯覚。

そしておそらく現実よりずっとドラマチック。

昔ぼくが通っていた芸大用の予備校で、デッサンにほとほといやけがさした学生が先生に「デッサンなんかしなくても写真撮ればいいじゃないですか」と言った。
それに答えて先生は「デッサンはな、写真よりドラマチックなんだよ」と軽くあしらっていたが、忘れられない一言だ。
そんなわけで絵画は現実よりドラマチックなのである。

今回の展示は、当時のロシア人画家の画力のすさまじさをまざまざと感じることが出来て感激した。
そもそもロシア人の画家、というくくりで絵画を見たこと自体これまでまったくなかったもんな〜。

そして今回、「どうせロシアの具象なんて」というなんの根拠もない先入観に支配されていた自分の不明がほとほとはずかしい。
あいかわらず世の中知らないことだらけだよ〜。

展示場のボードにも書いてあったけど、当時はドストエフスキーやチャイコフスキーを始め、ロシア人の文化的活動が全盛期で、その作品が世界的な評価を得ていた時代なんだって。

名前だけは知ってるけどエカテリーナ2世とか、その後のロシア革命とか、ロシアの歴史について、ちょっと関連書物を読みたくなった。

とはいえ、感動的なまでに写実的なこの、ある種の具象の到達点ともいえる今回の展示だけど、見方をかえると、ちょっと工芸的かな、という気もする。
名人芸というニオイがしないでもない。

つまりヒラメキや、「え、マジ?」というような意表を突かれた感がないのだ。

そんなこと言っちゃだめ?
今回は素直にその画力や、考えると卒倒しそうになる労力に対して惜しみない拍手をし
ておけばいいのだな。

しかしせっかくあそこまで描けるのなら、溶けた時計や松葉杖、先のとんがった長い足の象なんか描き込んだらいいのにな〜、と欲をかくのは単なるダリ馬鹿な私。

昔から「感動させてやる」的な風景や状況の押しつけがましさに身を任せるのが大嫌いなへそ曲がりなわたしですが、今回の「虐げられた農奴」や「盲目の老人」の語られざるストーリーのエグさには、辟易を通り越してむしろすがすがしさを覚えました。
歳とって来たかね?最近は花の写真も嫌じゃないし(笑)。

いや〜〜、しかし久しぶりに大作を見ました。
ひっくり返りそうになった。

バカでかい画面の、烏帽子岩に夕日が沈むとこや、座礁した船から必死で遠ざかるボート、うららかな日のキリストとマリヤ、雪景色・・・。
おみごと。

近・現代の芸術展を見に行くと、中にひとつやふたつは「これならおれでも描ける」さらにいうと、「おれのほうがうまい」なんて作品が必ず混じってるもんだけど、今回に限っては完璧につけいる隙がありませんでした(笑)。

まだ見てない人がいたら、是非にとお勧めしたい。
チケットは片町の金券ショップで700円で投げ売りしてましたよ。
絶対700円以上の価値があります。

こないだのインカ展といい、今度のサンクトペテルブルグといい、今年はいただきチケットでいい思いさせてもらってます。
ありがとー!
