金沢の割烹『勝一』の二代目が毎日旨いものをお届けします。
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[20101021]
今普通に流通している『九谷焼き』の器は石川県で作られています

この九谷焼きの元となったいわゆる『古九谷焼き』も当然石川県(もちろん当時は県でなく藩、前田の殿様の治める加賀百万石)産だと思っていたら、いつの間にかこれが九州の有田(伊万里)産だということになり、ついうっかりそれで決着したのだと思っていたら、まだ石川産だと言い張る人たちがいてびっくりした。

古九谷の本

久藤豊治『古九谷の神秘』、二羽喜昭『古九谷論争の真実』など・・・いずれも金沢に本社のある北國新聞社の出版。

そしてこれらを読むにつけ、なかなかというか、かな~~り説得力があるのですっかり古九谷加賀大聖寺産説の信者に転んだわけです(笑)。

まあ石川県民としてはあの独特に大胆で暑苦しいギトギトの古九谷が我が県の産物であったら嬉しいからね。



ぼくがもってる1996年に出版された焼き物の本には、


やきもの本

ほら、「大半は有田の初期の色絵であることが、実証されつつある」と書いてある。
今頃はとっくに実証されつくしたもんだと思っていたのも無理はないでしょ?

(「大半」っていうのはよく考えると変だけどね)

有田説


この本にも「こつ然と現れた・・・」と書いてあるけど、古九谷はまるで写楽のようにこつ然と現れておよそ30年ほどの間独特の絵皿を描き続け、幻のように消えていったのです。

こつ然と現れた理由というのが、実はキリシタン関係のあれこれのせいだったのではないか、というのが『古九谷の神秘』の主張です。

キリスト教殉教者の碑

佐賀鍋島藩(有田焼きの産地)のキリシタンが、禁教令の手を逃れてキリシタンに鷹揚な加賀藩へ何百人も渡って来たのは事実です。

この中に有田焼の職人が相当数混じっていて、彼らに文化興隆に燃える加賀三代藩主前田利常が、幕府の目の届かない九谷という山の中で窯を開かせたのではないか、というのです。

登り釜


どうにもありそうな話なんだよね、これ。

で、そんな目で古九谷の皿を見るとその絵がキリスト教のあれこれを暗示したかのように見えてくるっていうんだよ。

ならば、とちょっと古九谷の器を多数展示している石川県立美術館へ皿を見に行ってきたのだ。

加越能の美術


モロに十字架のように見える模様をあしらってあったり、樹木がブドウのように見えたり、横にすると地中海とイタリア半島に見えたり、という隠し絵になってるといわれれば確かにそうだという気もする皿がいっぱいあってさらになるほどとうなってしまったというなにが言いたいのかよくわかんない状態です。

八角皿


ちなみに当店にあるこんな古九谷風の色絵皿も、なんとなく西洋っぽいよね。

前菜


ところで幻のように消えてなんの文献も消息も公的に伝わっていない理由もキリスト教で説明がつく。

つまり幕府の強いキリスト教弾圧の力が加賀にも及んできたため、キリシタンをかくまってるなんて思われたら改易、取り潰しにもなりかねず、大急ぎで窯を閉じ解体し、できる限り全ての物証を消し去り文書も焼いたというわけなんだよ。

残酷な話だけど、同時にキリシタンも処分したんだろうね。

どお?



★器の土や絵の具を分析すればどうか、というとこれもちゃんとやってて、やってんだけど決定打にならないのだ。

有田でも九谷もで発掘調査はしてて、でもどっちからも古九谷の破片が出土しちゃってるんだよね。



今もそうなんだけど、有田で焼いた白磁に、

ひし形

九谷で絵付けしたら、そりゃどっちの成分も出るってもんだよ。

このひし形の皿は当店で使ってる皿だけど、お皿自体は有田で焼いたもの。
青い染付けまで有田だね。

それを輸入して九谷で赤や緑などで上絵を施し、九谷焼きとして売っている。

銘

だからひっくり返すと、最初に有田で染付けた時の銘と、九谷で色絵付けした時、両方の銘が入ってる。

こういうことも江戸初期に行われていたのではないか、というんだからややこしい。


今、九谷焼きとして売られている器は、江戸末期から明治にかけて、古九谷消滅から100年もたってから開かれた窯元が作ってるので『再興九谷』と呼ばれてるけど、そもそも古九谷が有田産だったら再興ではないことになるね。



★もし古九谷が石川産であったのなら、同時期の有田の窯跡からでるはずがない。
ひょっとしたら誰かが『神の手』を使って、つまり自分で埋めて「発見」したのではないか?

と主張しているのが『古九谷論争の真実』。

ブドウ柄

これも面白い本で、本来色絵というのは焼成温度の低い“色絵窯”で焼くもんなのんだって。なら色絵窯の跡から色絵破片が出るのは当然だよね。


でも有田で色絵片が出たのは磁器を焼く“登り窯”。

高温で絵の具なんか燃えちゃうような登り窯の中の壁にその色絵破片が張り付いてたっていうんだから、かなり疑惑じゃない?

これを作者の二羽喜昭氏は「あまりにも幼稚でお粗末」と呆れ、それを受け入れてもっともらしく学会をリードしている東京国立博物館に怒っているんだ。

アスパラガス


まあなんにしても郷土の誇り、九谷焼きのルーツが石川産古九谷だとはっきりするまではモヤモヤだけど、だからといって現代九谷作品の価値は別にびくともしないやね。

九谷作家さん、いい器作って楽しませてください。

埋蔵文化センターのみなさん、もっとちゃんと発掘調査して下さい。

ぼくはおいしい料理を作ります。

ではよろしく。




2010-10-21(Thu) 09:07 金沢いろいろ 編集 |
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